大胆さと謙虚さ

「大胆さと謙虚さ」 使徒の働き9:19~30       9月9日

 今日はサウロの姿に、彼を大胆にしたもの、そして、彼を謙虚にさせたものは何なのか、彼はどうして大胆になり得、それとともにどうして謙虚であり得たのかに心を留め、サウロに起きた出来事と私たちとにはどのような関係があるのか、神はサウロの姿を通して私たちに何を語っているのかに心を留めたいと願っています。

1.サウロを大胆にさせたもの
 27,28節に「大胆」ということばが2回出て来ます。
18節には「するとただちに、サウロは目から鱗のような物が落ちて、目が見えるようになった」とあります。肉体の目が見えるようになったのは確かなことなのですが、それ以上に、霊的な真理に目が開かれたのです。イエス・キリストこそ神の子であることがわかったのです。
 「私たちは、真理に逆らっては何もすることができませんが、真理のためならできます」(Ⅱコリント13:8)とありますが、人は真理のためなら、勇敢になることができる、大胆になることができるのです。
 サウロはユダヤ人ですので、聖書(旧約聖書)をよく知っていました。ユダヤでは、幼い時から聖書を学ぶのです。成人してからは、サウロは信仰に熱心なパリサイ人となり、その上、当時の高名なラビであるガマリエルにも学びましたので、普通の人以上にはるかに聖書を良く学んだことでしょう。
たとえで言うならば、燃える薪は十分過ぎるほどあったのです。それに火が点火されたものですから、ただちに燃え上がったのです。

 私たち異邦人である日本人は、ユダヤ人のように神のことばが与えられた環境に生まれ育った訳ではありません。聖書の知識、聖書は何を語っているのか、ほとんどの人が何も知らないのです(私もそうでしたが・・)。
 ものが燃えるには、火と火が燃え続ける薪が必要です。薪がなければ、火がついても直ぐに消えてしまいます。ですから、神を信じる者とされても、聖書のみことばに親しむ営みを大切に継続しないと、燃えるべき薪がなくなってしまって信仰が衰え、人によっては信仰を失ってしまうことも起きるのです。
自分はいかに神から遠く離れていた罪人であったのか、しかし、自分のような者のためにも、イエス・キリストは十字架にかかって贖いを成し遂げてくださった救い主であることに心からの感謝をささげ、魂の糧であるみことばに養われる日々を送るときに、私たちもまた、サウロと同じように、大胆に「この方こそ神の子です」と証しする者とされます。

2.サウロのその後の歩み
23節の「かなりの日数がたち」とあり、ガラテヤ1:16,17を見ると、「(神が)異邦人の間に御子の福音を伝えるため、御子を私のうちに啓示することを良しとされたとき、私は血肉に相談することをせず、私より先に使徒となった人たちに会うためにエルサレムに上ることをせず、すぐにアラビアに出て行き、再びダマスコに戻りました」とありますが、サウロはダマスコでただちに、イエスは神の御子であると大胆に証しした後、アラビアに行ったことがわかります。かなりの日数とあるのは3年余りであるようです。
 サウロは劇的な改心を与えられて、しかも、異邦人の間に福音を伝えるために召されたことを知って、身振いするような厳粛さを自覚し、神の前に一人とされる必要を覚えたからであったと考えられます。
 そして、サウロはまたダマスコに戻って来たのですが、そこで待ち受けていたものは、サウロを亡き者にせんとの敵対者の存在でした。
 イエスは弟子たちを派遣するにあたって「わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれます」(マタイ10:22)と言われました。
 イエスの救いに与かって、そのお方に従おう、イエスの愛と恵みをお伝えしようとするならば、それを受け入れて信じる人も起こされますが、それとともに、それを妨げようとする反対勢力もまた起こります。それは避けて通ることができないのです。

3.サウロの謙虚さ
 サウロ・パウロは使徒とされてからの歩みは謙虚さを増して行った歩みでもありました。
AD55年頃には、「私は使徒の中では最も小さな者であり、神の教会を迫害したのですから、使徒と呼ばれるに値しない者です」(Ⅰコリント15:9)と述べ、AD60年前後には、「すべての聖徒たちのうちで最も小さな私」(エペソ3:8)使徒たちの中で最も小さい者から、すべての聖徒たち・クリスチャンたちの中で最も小さい、と認識が変わったのです。そして、AD63,4年頃には
「『キリスト・イエスは罪人を救うために世に来られた』ということばは真実であり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです」(Ⅰテモテ1:15)と、ここに至っては、パウロは自分は罪人のかしらなのだと言っています。

 パウロは使徒とされて、福音を語って行けば行くほど、かつてはイエスを迫害していたような者が救いに与かったばかりではなく、福音を異邦人社会にまで伝える使命を与えられて、いろいろな困難・苦しみに出会いながら、改めて神の御子イエス・キリストのきよさと、その測り知れない愛と恵みに感謝しないではおれなかったのでしょう。彼は福音を伝えれば伝えるほど、謙虚にされて行ったのです。パウロが大胆さとともに謙虚でありえたのは、何にもまして、イエス・キリストのご臨在のゆえでした。
 そして、それとともに、自分を受け入れてくれた人々の存在もまた大きかったと思うのです。
 ダマスコにおいては、アナ二アの存在です。自分がひっとらえてエルサレムまで引きずってこようとしていた正に主の弟子アナ二アの自分に対する態度と対応に、サウロは、自分の救いはイエス・キリストと共に、イエスに従う人によってもたらされたことに深い感謝を覚えたのではないでしょうか。
 そして、ここではバルナバです。
エルサレムにおいて、弟子たちが皆、あの悪名高きサウロと知って恐れている中、バルナバは自分を引き受けてくれ、弁護してくれました。
 
 自分が今あるのは、ただただ神の恵みであること、そして、それとともに、多くの人の祈りに支えられていることを自覚するならば、人は謙虚にされるでしょうね。
私たちも神の御子イエスの十字架の贖いのゆえに救いに与かっている特権と恵みのゆえに、大胆に喜んで証をする者でありたい、そして、サウロのように信仰に進めば進むほど謙虚さを増すお互いでありたいと思います。